
ホノマラ Data & History
今でこそ20000人を超えるマラソン大会になりましたが、第1回(1973年)の参加人数は162人。
なんと心臓病の治療が目的。当然、日本人は1人もいませんでした。
| ■ホノルルマラソン / 過去10回のデータ |
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| ■ホノルルマラソンの歴史 |
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2006年(第34回) アンベッセ・トロッサ(エチオピア)が、初のホノルルマラソンで優勝。女子は初出場のロシアのリュボフ・デニソワが、大会記録を14秒縮め、2時間27分19秒のコースレコードで優勝を飾った。早川英里は女子3位入賞。 2005年(第33回) 男子のジミー・ムインディ(ケニア)は2時間12分00秒で3連覇を果たした。早川英里は今回も女子2位。
日本人の参加者が前年より1,500名以上増える(日本人の参加率61.8%)。2004年(第32回) 男子(2時間11分12秒)・女子(2時間27分33秒)ともに、大会レースレコードを更新。早川英里は女子2位。 2003年(第31回) 31回の歴史の中で、早川英里が2時間31分57秒で日本人選手として初めての女子優勝を果たす。 2002年(第30回) 5年ぶりに参加者30,000人を越える。特に日本からの参加者が前年より約2倍に増えた。 2001年(第29回) 9月に起こったニューヨーク・テロ事件の影響で参加者は約3,000人減。日本人は10,000人を切る。 2000年(第28回) タイムの記録にRCチップが採用される。日本人参加者は前年より約1,400人増加。
ファーストランナー(初めてマラソンを走る人)12,878人のうち、日本人は8,356人。1999年(第27回) 参加者人数は前年とほぼ変わらず、人数的には安定したのかも。 1998年(第26回) 日本の不況が影響してか、参加人数は27,701人と減少する。 1997年(第25回) 25回大会。参加人数のピークは過ぎて33,655人。 1995年(第23回) 参加人数は34,434人で過去最高。 1992年(第20回) 20回の記念大会。ハワイ在住の参加者はエントリー・フィーが第1回と同じ$2。
参加人数は30,000人を突破し、スタート地点がアロハタワーからアラモアナ公園へ移る。1991年(第19回) 日本人の参加者は10,000人を超え、なんと70%以上。まるで日本人の大会。 1989年(第17回) 日本での「ホノルルマラソン・ブーム」は広がり、参加者の50%以上が日本人。 1985年(第13回) 郷ひろみ(3時間38分で完走)など、芸能人も参加する人気大会に。日本人の参加比率が25%を超える。1982年(第10回) 参加者が10,000人を超える。 1981年(第 9回) 日本からの参加者は977人。 1980年(第 8回) 全体の参加者は8,419人と減るが、日本人は650人に増える。 1979年(第 7回) 参加者8,500人。日本人も500人と倍増。 1978年(第 6回) 参加者7,204人に増え、世界第2位の規模のマラソン大会となる。 1977年(第 5回) 参加者3,500人となり知名度も上がる。日本人も一気に200人が参加。 1976年(第 4回) 参加者1,670人。日本人で初めての佐々木生道さんが参加。 1975年(第 3回) 参加者はさらに2倍になり782人。 1974年(第 2回) 参加者は315人に増え、完走者は297人。
フランク・ショーターら3人のオリンピック選手を招待。1973年(第 1回) 第1回「ホノルルマラソン」が開催されたのは1973年。
ジャック・スキャフ医師が「心臓病患者の治療にランニングが有効だ」というのが発端。
参加者は162人で、151人が完走。